TSUKUBA FUTURE #004:化学者の珍獣?毒物ハンティング
数理物質系 北 将樹 准教授
有機化合物が生体に与える影響を「形質」と見て、生命の根底にあるメカニズムを探ろうとする意欲的な研究領域がケミカルバイオロジーです。北将樹准教授は、ケミカルバイオロジーの分野のホープで、2012年3月に「平成23年度日本化学会進歩賞」を受賞しました。
北将樹准教授
日本?キューバ合同調査隊(左から2人目が北准教授)
化学者というと、一般にはフラスコやビーカーが並ぶ研究室にこもってひたすら実験に明け暮れる姿を想像しがちですが、北准教授は違います。北海道、北米、オーストラリア、メキシコ、果てはキューバにまで足を運び、自ら野生動物の捕獲に取り組む冒険化学者なのです。
本来の専門は天然由来の生物活性鍵物質の構造と機能の解明。がちがちの有機化学です。これまで、キノコ由来の脂肪蓄積を抑える物質や、海生生物が産生する抗がん剤、抗炎症物質などの研究を行ってきました。しかし生来のナチュラリスト魂抑えがたく、哺乳類としては例外的に毒をもつ珍獣まで研究の標的にしています。
毒をもつ哺乳類はトガリネズミの仲間とカモノハシだけです。きわめて原始的な小型哺乳類であるトガリネズミは、主に夜行性でミミズや昆虫を主食にしています。世界では200種あまりが知られ、日本には数種が生息するのみ。その唾液には毒が含まれるとされ、中には自分の体長と同じくらいのミミズを麻痺させて捕食するほど強い毒を持つ種もいるとされています。
北准教授は、動物学者の協力を得て、まずは北海道に生息するオオアシトガリネズミ、ついで北米に生息するブラリナトガリネズミを捕獲して唾液を採取し、哺乳類がつくるものでは世界で初めて、その毒成分の構造を明らかにしました。
卵を産んで乳で育てる水陸両生の珍獣カモノハシとオスの蹴爪
(Pure Appl.Chem.,pp.1317-1328,vol.84, June 2012より)
バッタを食べるブラリナトガリネズミ(体長7cm)
さらには、やはり原始的な哺乳類で単孔類に属するカモノハシの研究に着手。オーストラリアの一部にしか生息しない珍獣カモノハシのオスは、蹴爪から毒を分泌します。北准教授はシドニーのタロンガ動物園の協力を得てカモノハシの毒液を採取し、ペプチドと呼ばれる小さな生理活性物質を11種発見するなど、その成分を解明し、ユニークな特徴を明らかにしました。この研究成果はニューヨークタイムズでも紹介されました。
トガリネズミとカモノハシの毒は、タンパク質分解酵素の1種で、神経に作用する毒物であることが判明しました。今後の研究で、新たな鎮痛剤などの開発に発展する可能性があります。
トガリネズミの仲間であるソレノドンはカモノハシに匹敵する珍獣、いわば生きた化石です。世界中でも、キューバに生息するキューバソレノドンとハイチのハイチソレノドンのわずか2種しかおらず、いずれも絶滅危惧種に指定されています。北准教授は2012年3月に日本とキューバの動物学、生態学などの研究者や地元環境省の調査員らとチームを組んで捕獲作戦を展開し、捕獲した7頭のうち5頭からの唾液採取に成功しました(捕獲したソレノドンは発信機を装着するなどして自然に戻されました)。現在、毒成分の分析にあたっています。
捕獲したキューバソレノドン(体長30cm)
生物多様性を保護することには、未知の天然活性物質が発見される可能性を残すという意義もあります。一時は絶滅したと考えられ、2003年に再発見されたキューバソレノドン。北准教授の研究が、新奇活性物質の発見だけでなく、ソレノドン保護活動の促進につながることも期待されます。
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター