TSUKUBA FRONTIER #021:人は生涯、発達しつづける それぞれの「生きる力」を引き出すエンパワメント
医学医療系 安梅 勅江(あんめ ときえ)教授
国際発達ケア:エンパワメント科学研究室教授。国際保健福祉学会会長、日本保健福祉学会会長、生存科学研究所理事、保育パワーアップ研究会代表、みらいエンパワメントカフェ主催。東京大学医学部保健学科卒、保健学博士。「いのちの輝きに寄り添うエンパワメント科学」「コミュニティ?エンパワメントの技法」など著書多数。
研究室WEBはhttp://plaza.umin.ac.jp/~empower/anme/
生涯にわたる発達
発達に関する研究は、従来、子供期を対象に行われてきました。大人になるということは、発達を終えて人間として完成することであり、その後は年齢に伴って衰える一方であるという考え方が一般的でした。ところが1970年代以降の研究で、高齢期においても人は発達しているという理解が広がりました。心身の機能は様々で、年老いても向上していくものや、一度獲得すれば失われないもの、もちろん個人差もあります。
年老いたピアニストでも聴衆を魅了する演奏ができるのは、テクニックの衰えを選曲や表現力で補っているからです。失った能力を別の能力で代替しようとしたり、劣った機能の中で自分にできることを選ぶというのは、高齢者に限ったことではありません。誰でも、困難を乗り越え、楽しく生きるためにいろいろな工夫をします。発達とは、前進、向上することではなく、今持っている機能を生かして、その時々の状況にうまく適応する力を持つこと。完璧を求めず現状を受け入れる、ある意味で悟りの境地に至ることも大切な発達なのです。そう捉えると、生きている間に人の発達が止まってしまうことはありません。
コホート研究から見えるエンパワメント
生涯発達研究においては、特定の人々や地域をじっくり観察するコホート研究が不可欠です。研究者も世代交代しながら何十年も定期的な観察を継続する場合もあります。比較検証を行うために、複数の地域で並行して研究を進めますから、時間や人手はもとより、資金もかかる地道な研究手法です。
コホート研究で大事なのは、研究対象となっている人々がその意識を持たないようにすることです。そのために、地域のみんなを巻き込むような仕掛けを考えます。ボランティアを募ったり、イベントを企画するなど、コミュニティの活動として多くの人が主体的に参加できる場を創出します。
そういった場の中で、異なる世代間の関わり方や、人々の意識?行動の変化を観察します。高齢者が子供と一緒に活動することで活力を得たり、自分たちでまちづくりをしているという実感を持つことで、地域全体が活性化される様子が、データとして見えてきます。
このように、人々が元気になることがエンパワメント、活力がわくという意味で、湧活と訳しています。自分一人で元気になろうとしてもなかなか難しいこともありますが、仲間や地域の力を借りれば、互いに元気を与え合うこともできます。コホート研究は、様々なエンパワメントの仕掛けを提案する機会にもなります。
健康施策につなげるエビデンス
コホート研究では、オリジナルの体操やその音楽に合わせた歌詞作りなど、
年代に関わらず、地域のだれもが参加できる企画のアイデアも重要な鍵となる。
コホート研究から得られる調査結果は、社会科学系の研究では最も強力なエビデンスになります。先に行ったことが原因、後に起こったことが結果、という時系列がはっきりしているからです。調査対象になった人々とそうでない人々とで比較すれば、原因が結果に対してどのくらい影響しているかを科学的に示すことができます。
例えば、褒めて育てるほど思いやりのある子供に育つ、というのは当たり前のように思われますが、実は科学的根拠はありませんでした。そこで、500人の親子を5年間観察し、些細なことでもたくさん褒めることによって子供の自己効力感が増し、それが他人への思いやりに結びついていることを初めて示しました。同様に、子供が3歳になるまでは母親が育児に専念すべきという、いわゆる「3歳児神話」が、まさに神話に過ぎないことも明らかにしています。一緒に過ごす時間の長さよりも、子供との接し方の質の方が、学童期における問題行動との相関が大きいことがわかりました。
このようなエビデンスは、国や自治体の施策にも反映されます。健康増進や介護予防が医療費の抑制に重要であることは感覚的に理解できても、具体的にどのような活動にどのくらいの補助をするかは、感覚で決めるわけにはいきません。いくつかのモデル地域でコホート研究を実施し、活動内容と医療費との関係を定量的に見極めることが、適切な施策を講じる鍵なのです。
地域全体を元気にする「仕掛け人」を育てる
人生100年時代と言われるようになりました。それは、現役期間だけでなく、引退後の期間も長くなることを意味します。社会が変化するスピードもどんどん速くなり、歳をとってからも、新しい環境に対応していかなくてはなりませんし、社会もそれを期待しています。
新しいことにチャレンジしている人とそうでない人とでは、その後、認知機能が低下する割合に明らかな差が見られます。けれども、歳をとると引きこもりがちになったり、何かを始める気力が失せていくケースは珍しくありません。そこで必要なのは、地域全体で新しいことにチャレンジできるような仕組みをつくり、みんながやる気になってくれるようにコミュニケーションを図ることです。
そのような地域のエンパワメントを担う「仕掛け人」には、地域の事情や特徴をよく理解した上で、仕組みづくりやコミュニーションを推進するためのスキルが求められます。相応の知識や経験を積まなければ務まりません。国内はもとより、開発途上国などでも、各地で適切なエンパワメント活動を展開できるよう、仕掛け人となる人材の育成にも注力しています。
発達を支援する最新テクノロジー
最新テクノロジーも大いに活用すべきです。近年、急速な発展を遂げている人工知能(AI)やロボットは、人の機能を補ったり高めたりするという点で、エンパワメントにおいてもいろいろな可能性を秘めています。
ペットのように人の気持ちを癒すロボットや、介護者の身体的負担を軽減するロボットスーツといったテクノロジーは、すでに私たちの日常に入ってきています。現状では、その工学的性能の方に関心が向きがちですが、人間の繊細な感情に寄り添って行き届いた支援を提供してくれるレベルにまで高度化すれば、それらを使うこと自体が人々をハッピーにすることでしょう。さまざまな機関と協力して、そのための研究にも取り組み始めています。
(文責:広報室 サイエンスコミュニケーター)