TSUKUBA FUTURE #046:小児患者の家族を支援するために
医学医療系 涌水 理恵(わきみず りえ) 准教授
一般に看護は、病院または在宅で治療中の患者さんが対象です。しかし特に患者さんがお子さんの場合、退院後あるいは治癒後も障害や再発の懸念が残るケースが多々あります。そのような事情を抱える家族への社会的なサポートは、残念ながら不十分です。しかも、特殊な病気や慢性的な障害をもつお子さんとその家族をめぐる事情はきわめて特殊かつ多様です。涌水さんは、小児患者の家族個々の生活実態を質的かつ量的に調査することで、根拠に基づく小児家族ケアモデルの開発とケアの実現を目指しています。
たとえば発達障害児を抱える家庭の事情はどうでしょう。涌水さんは、外来で「発達障害」との診断を受けて通院中の障害児をもつケース350例で調べました。生まれた子どもが発達障害かもしれないと母親が「気づく」までの平均期間は、生後26.1カ月でした。そのうち70%以上の母親は子どもが3歳未満(約20%は1歳未満)から、わが子に問題があることに気づいていました。母親の葛藤はそこから始まります。懸念を夫や親族と共有できなかったり、障害児を産んだことに対する罪の意識にさいなまれたりするケースが多いのです。同じ調査では、最初に外来に相談に来るのは、平均すると生後45.9カ月、最初の診断に至るのは生後67.7カ月でした。最初の気づきから診断に至るまで41.6カ月もの時差があるのです。その間、家族は自分たちだけで悩みつづけるケースが多いようです。家族の苦悩を考えると、診断確定前から親子の状態を把握し、さりげなく歩み寄って家族支援を開始するのが理想だと、涌水さんは提唱しています。
重症児を抱える家族では深刻度が増大します。特に先天性の重症児の場合には、産んだことへの母親の罪の意識がとても高いそうです。夫やその親族との関係が悪化するケースもあります。年の近い上の子が精神的ダメージを受ける事例も多いといいます。親族も含めた家族内での助け合いだけでなく、家族を単位とした社会から家族へのサポートが必要なのです。涌水さんは、在宅重症児の家族について、両親や同胞に対するアンケート調査とインタビュー調査を実施してきました。患者組織や療育センター、大学病院の外来などの協力を得て実施する調査からは有用なデータが得られます。特にインタビュー調査では、調査対象となる母親、父親、そしてきょうだい達と信頼関係を築くことによって、主治医にも言えない心情が明かされることが多いといいます。
図1 家族のセルフケア機能に働きかける看護介入?援助モデル
そうした中で、涌水さんが特に意識していることがあります。まず、対象家族の「セルフケア機能」(図1)を正確に見極めること。そしてそれをもとに、「家族エンパワメント」(家族が、健康問題を有する児の養育に向けて自分の生活をコントロールし、他の家族?サービスシステム?社会など外部と協働する状態または能力)の状況や過程を明らかにした上で、必要に応じて介入の糸口を模索することです。患者家族の「セルフケア機能」や「エンパワメント」の過程を把握できれば、適切なサポートの検討や提供がいくらかは容易になります。涌水さんは、障害児家族ケアの視点から、日本の文化事情に適した家族エンパワメント尺度を2010年に開発しました。今後、親へのレスパイト(親の身体的?精神的疲労を軽減するための一時的なケアの代替)、きょうだいへの心理教育的アプローチなど、もっと身近で便利な社会的サポート態勢を充実させていかなければなりません。
病院勤務最終年度の写真。撮影はお子さんのお母さん(使用許可を得ています)
子ども好きの涌水さんは、小さいころから幼稚園の教諭や保母さんに憧れていました。しかし、高校では教師の勧めもあって理系を選択。医大にも合格したものの、東京大学理科二類に進学し、健康科学?看護学を専攻しました。行政や民間企業に進む道もありましたが、小児病棟での看護実習経験が涌水さんの背中を押しました。小さな体で懸命に闘病する患者とその家族にもっと付き添いたい、役に立ちたいという思いが募り、小児家族ケアの臨床と研究の道に進む決断をしたのです。涌水さんの担当する大学院では、2014年から家族支援専門看護師の養成が始まりました。虐待予防プロジェクトとして子育てに悩む親のケアに関する調査や介入研究も始めています。対象家族に深くかかわることで、専門職どうしの繋がりなど、さらなる出会いがあります。家族を中心にすえた研究プロジェクトが今後ますます広がってゆきそうです。
講演の機会も多い
文責:広報室 サイエンスコミュニケーター