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TSUKUBA FUTURE #016:物言わぬ人体と向き合う~法医学の挑戦

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医学医療系 本田 克也 教授


 法医学と解剖学、司法解剖と検死の違いをご存じですか。法医学とは、科学的で公正な医学的判断を要する法律上の案件に対してその要望に応える医学であり、そのために行う解剖が司法解剖です。法医学が社会的実践であるのに対して、解剖学は人体の基礎研究であり、医学教育の一環でもあります。検死は、医師による死亡確認が不可能だったり、死因の特定ができない場合に社会的必要性に応じて行われる外面的な検査です。検死を行う監察医を置いている自治体(東京都23区ほか5都市)もありますが、それ以外では警察から嘱託された一般医師が、司法警察官立ち会いの下に担当する場合が多いようです。犯罪が疑われる場合に実施される司法解剖は、主に大学医学部の法医学教室に依頼されています。茨城県で行われる司法解剖のほとんどは本田さんが一手に引き受けています。特に殺人事件にからむ司法解剖は、すべて本田さんの担当です。


 もともと人間に関心があった本田さんは、心理学を学ぶために、開学したばかりの365体育投注第二学群人間学類心理学主専攻(現在の人間学群)に一期生として入学しました。しかし卒業後、生物としての人間についてもっと深く学びたくなり、医学専門学群(現在の医学群)に入り直しました。研修医として診療も経験しましたが、医療ではなく医学、それも人間の生理を極めたいとの思いがつのり、人体を究極まで極める法医学者の道を選んだそうです。「死体は黙して語らないが、決して嘘はつかない。自らの体に真実へのサインを残してくれている」と本田さんは語ります。法医学が扱うのは、主に犯罪性が疑われる外傷などの外的要因で亡くなった死体です。その多くは事件直前まで健康体だった人です。一方、解剖学の対象は標本として固定された人体であり、病理学の対象は病気で亡くなった人の体や組織です。法医学では、年齢や死因を問わず、生きている状態にいちばん近い人体を徹底的に研究できるわけです。


細胞組織も死因判定の重要な手がかりとなる。

細胞組織も死因判定の重要な手がかりとなる。


 本田さんが大学院に進んだ時期は、法医学にDNA解析が導入され始めた頃でした。本田さんは、その法医学DNAの発展とともに歩んできました。法医学は、通常の医療とは違い、異常ではなく正常な状態が研究対象です。本田さんは、形態学、生理学、生化学、分子生物学などを駆使して、正常な生理状態とは何なのか、一人ひとり異なる多様な個々人の特異性に潜む普遍性を追及しています。


各種分析装置が並ぶ研究室

各種分析装置が並ぶ研究室


 現在、茨城県警から本田さんに依頼される司法解剖の件数と東京都監察医としての業務は年間200~300件。死因判定だけなら1件につき2時間程度で終わりますが、死亡に至った詳細な解明を要する複雑な案件だと3~4時間もかかります。ただし日本では死体を傷つけたくないという文化が根強いため、解剖の件数は検死の3割を越える程度にすぎません。しかし、死因を解明することで遺族が真実を知って心の整理がつくこともあります。全国的に検死解剖を増やす方向で法的整備が進んでいますが、人員確保や施設設置、予算面での対応は遅れており、検死や司法解剖ができる医師の数は不足しています。そもそも通常の医学教育の主眼は生きた患者さんの診断と治療であり、死因判定技術の習得は含まれていません。そこで365体育投注附属病院では、平成24年度から日本初の独自プログラム「法医学レジデントコース」を開設しました。臨床研修も行いつつ4年間で「法医学専門医」と「医学博士号」を取得できるコースです。


空手7段で、本学の武道護身空手部の顧問を務める本田さんは、「武道は法医学と同様、命がけの勝負に勝ち抜く精神を養成してくれる」と語る。

空手7段で、本学の武道護身空手部の顧問を務める本田さんは、
「武道は法医学と同様、命がけの勝負に勝ち抜く精神を養成してくれる」と語る。


 さまざまな科学技術が発達した今でも、司法解剖には経験を積むことによって得られる職人技的な要素が残されています。本田さんは、最新の医学書すべてに目を通し、これまで3~4万体の解剖によって経験を積んだことで、外から見ただけで、死因がほぼ推定できるといいます。それだけでなく、生きている人でもその顔色や動きを見ただけで、病気を特定できたりするそうです。殺人事件では、人体のあらゆる構造や機能を知っている専門医なればこそ突き止められる真実があります。本田さんは、裁判の医学的資料に関する助言も積極的に行っています。足利事件など歴史的な免罪事件の証拠判定を引き受けているのも、独立した中立な立場から科学的?客観的判断に徹することが法医学者の使命であると考えているからです。法医学で最も大切なことは、「いかなる社会的圧力を受けようとも、真実を貫き通せること」であると語ります。


文責:広報室 サイエンスコミュニケーター


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